二人の間柄

 二人の間柄に就いての談話も一二あった。時雄は京都|嵯峨《さが》の事情、その以後の経過を話し、二人の間には神聖の霊の恋のみ成立っていて、汚《きたな》い関係は無いであろうと言った。父親はそれを聴いて点頭《うなず》きはしたが、「でもまア、その方の関係もあるものとして見なければなりますまい」と言った。 父親の胸には今更娘に就いての悔恨の情が多かった。田舎《いなか》ものの虚栄心の為めに神戸女学院のような、ハイカラな学校に入れて、その寄宿舎生活を行わせたことや、娘の切なる希望を容《い》れて小説を学ぶべく東京に出したことや、多病の為めに言うがままにして余り検束を加えなかったことや、いろいろなことが簇々《むらむら》と胸に浮んだ。 一時間後にはわざわざ迎いに遣った田中がこの室に来ていた。芳子もその傍《そば》に庇髪《ひさしがみ》を俛《た》れて談話を聞いていた。父親の眼に映じた田中は元より気に入った人物ではなかった。その白縞《しろしま》の袴《はかま》を着け、紺がすりの羽織を着た書生姿は、軽蔑《けいべつ》の念と憎悪《ぞうお》の念とをその胸に漲《みなぎ》らしめた。その所有物を奪った憎むべき男という感は、曽《か》つて時雄がその下宿でこの男を見た時の感と甚だよく似ていた。 田中は袴の襞《ひだ》を正して、しゃんと坐ったまま、多く二尺先位の畳をのみ見ていた。服従という態度よりも反抗という態度が歴々《ありあり》としていた。どうも少し固くなり過ぎて、芳子を自分の自由にする或る権利を持っているという風に見えていた。 談話は真面目《まじめ》にかつ烈しかった。父親はその破廉恥《はれんち》を敢《あえ》て正面から責めはしないが、おりおり苦《にが》い皮肉をその言葉の中に交えた。初めは時雄が口を切ったが、中頃から重《おも》に父親と田中とが語った。父親は県会議員をした人だけあって、言葉の抑揚《よくよう》頓挫《とんざ》が中々巧みであった。演説に慣れた田中も時々沈黙させられた。二人の恋の許可不許可も問題に上ったが、それは今研究すべき題目でないとして却《しりぞ》けられ、当面の京都帰還問題が論ぜられた。 恋する二人――殊《こと》に男に取っては、この分離は甚だ辛《つら》いらしかった。男は宗教的資格を全く失ったということ、帰るべく家をも国をも持たぬということ、二三月来|飄零《ひょうれい》の結果|漸《ようや》く東京に前途の光明を認め始めたのに、それを捨てて去るに忍びぬということなぞを楯《たて》として、頻りに帰国の不可能を主張した。 父親は懇々として説いた。「今更京都に帰れないという、それは帰れないに違いない。けれど今の場合である。愛する女子ならその女子の為めに犠牲になれぬということはあるまいじゃ。京都に帰れないから田舎に帰る。帰れば自分の目的が達せられぬというが、其処を言うのじゃ。其処を犠牲になっても好かろうと言うのじゃ」 田中は黙して下を向いた。容易に諾《だく》しそうにも無い。 先程から黙って聞いていた時雄は、男が余りに頑固なのに、急に声を励《はげま》して、「君、僕は先程から聞いていたが、あれほどに言うお父さんの言葉が解らんですか。お父さんは、君の罪をも問わず、破廉恥をも問わず、将来もし縁があったら、この恋愛を承諾せぬではない。君もまだ年が若い、芳子さんも今修業最中である。だから二人は今暫くこの恋愛問題を未解決の中《うち》にそのままにしておいて、そしてその行末を見ようと言うのが解らんですか。今の場合、二人はどうしても一緒には置かれぬ。何方《どっち》かこの東京を去らなくってはならん。この東京を去るということに就いては、君が先ず去るのが至当だ。何故かと謂《い》えば、君は芳子の後を追うて来たのだから」「よう解っております」と田中は答えた。「私が万事悪いのでございますから、私が一番に去らなければなりません。先生は今、この恋愛を承諾して下されぬではないと仰《おっ》しゃったが、お父様の先程の御言葉では、まだ満足致されぬような訳でして……」「どういう意味です」 と時雄は反問した。

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